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ヒーローの本質と2015年5月の休館日

おおきくなったらヒーローになりたいですっ! むつみだ。とうっ!!

まずは2015年5月の休館日のおしらせから。コチラ。

 

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5月

12日(火)、19日(火)

※大型連休の影響で休館日が変則的です。ご注意ください。

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ヒーロになりたい。

断言しますが、これはどんな男の子も一度は思い描く夢です。

いつのころからか、私の息子 (6歳)もよくヒーローになることを希求しています。

なんでヒーローになりたいのでしょうかねぇ。

 

華麗な変身。巨大化あるいはロボットの圧倒的迫力。技。めくるめく武器。なによりその強さ。

いずれも凡庸とは無縁です。

私たちは彼らの圧倒的な唯一無二性に惹かれているのかもしれません。

 

でも、ヒーローがいちばん凡庸でないところは、ご存知のとおり、その精神性です。

彼らには自分がありません。

驚きですよね。あれだけ代替不可能な能力を有していながら、彼らはそれを自分のためには一切使用しないのです。

口では言う者もいますよ。「俺は俺のために戦う」。でも戦わない。

彼らが戦うのは他人のためだけです。そして他人のために戦うとき、彼らは自分史上最大のパフォーマンスを発揮します。

 

仮面ライダー、ウルトラマン、スーパー戦隊、孫悟空、ケンシロウ、キン肉マン、蒼月潮、ルフィ、野比のび太、鉄腕アトム。例が古くて申し訳ありませんが以下省略。

みんなそうでしたね。

 

古今東西、(少なくとも日本では)ヒーローの名を冠する者は、誰かの笑顔を守るために戦ったときには負けないものです。さらに、そのとき彼らは、過去の自分を想像もしない形で超越(ブレイクスルー)する経験をします。必ずします。

話が逸れてきました。戻しましょう。

 

ヒーローとは「自分に拘泥しない」人のことです。庶民的に言えば「おせっかい焼き」。

 

東に病気の子どもあれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい、北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろというような、他人のことばかりにかまけた、ふらふらした人のことです。

 

「おせっかい焼き」という凡庸さの極みともいうべき行動指針が、ヒーローの唯一無二性を担保しているのでした。わお。

 

幼児を対象にしたヒーローもの、とくにスーパー戦隊シリーズ(ゴレンジャーなどのシリーズ)は、おもちゃメーカーの30分CMと揶揄されることがあります。

毎回決まった時間に変身して、一定時間ロボットで戦って・・・と、玩具をPRする時間が必ず設けられているからです。

製作者の自由な裁量が許されたドラマ部分は、ごくわずかな時間しかありません。

 

スーパー戦隊シリーズは約50話、一年間でワンパックというのが一般的です。この縛りのなかで、うつろいやすい子どもを飽きさせないからたいしたものです。

それは、各話の予想外なドラマチックな展開とシリーズ全体としては予想通りの展開という構成に依るものでしょう。

大局的にはベタであることは、子ども番組には大切なことです。

大団円が約束された見通しのよさと安心感があるから、子どもは魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するテレビ画面の前に座れるのです。

また話が逸れてきましたね。すみません。

 

ドラマ部分の展開はバラエティに富んでいると今言いました。しかし構造的には同じ話の繰り返しです。

50回に渡り、他人のことばかりにかまけてふらふらしている主人公(たち)を執拗に描いています。

 

それを見た子どもたちはヒーローごっこに興じるわけですが、玩具メーカーの玩具を手にして、じつは単に破壊衝動的に暴れるわけではありません。

子どもたちは、「他人のためにおせっかいを焼くヒーロー」になりきり、「おせっかいが他人を幸せに導く物語」を再現する過程の中で、武器を振り回すのです。

ヒーローごっことは、おせっかいとおせっかいのもたらすカタルシスを追体験する行為なのでした。

 

だから、今の日本の(外国のことはよく知りません)子どもたちがヒーローになりたいというとき、私はけっこう心強く晴れやかな気持ちになるのです。

 

ヒーローになりたいとは、誰かの力になりたいということだからです。